SONY製ラジオの思い出 – プロシード6800との青春

夏の終わりをつげる蝉の声が遠ざかるこの頃、ふと書斎の奥にしまってあった古いラジオのことを思い出しました。1980年代、中学生だった筆者が何よりも大切にしていたソニーのプロシード6800。当時、BCL(Broadcasting Listening)熱が若者の間で密かなブームとなっていた時代の宝物です。

今から思えば、インターネットもスマートフォンもない時代に、世界の声を自分の部屋で聴けるという体験がどれほど魅力的だったことでしょうか。プロシード6800は、そんな筆者の世界への窓でした。

出会い

初めてプロシード6800を手に入れたのは、中学2年の夏休みです。アルバイトで貯めたお金と親からのお小遣いを合わせて、ようやく手に入れた憧れの一品でした。当時7万円近くしたと記憶しています。今考えると決して安い買い物ではありませんでした。

重厚な黒いボディに並ぶ無数のダイヤル。特に印象的だったのは、大きな周波数表示窓と精密なチューニングノブです。デジタル表示が当時としては最先端で、0.1kHzまで正確に合わせられる機能に心躍ったものです。

夜の冒険

ラジオと言えば今の若い人にはピンとこないかもしれませんが、当時は深夜になると遠くの国からの電波が入感しやすくなります。夜中、静かな部屋で伸ばしたアンテナにイヤホンを差し込み、周波数をゆっくりと回していく。そのワクワク感は何にも代えがたいものでした。

初めて捉えたBBCの放送。英語が十分に理解できなくても、遥か遠くのロンドンからの声が自分の部屋に届くという事実に震えたものです。次第に北京放送、モスクワ放送、ラジオ・オーストラリアと受信できる国が増えていくにつれ、世界地図を頭に描きながらダイヤルを回す習慣が身についていきました。

技術の粋

プロシード6800の素晴らしさは、何と言ってもその受信性能にありました。FM、MW(中波)だけでなく、SW(短波)の1.6MHzから30MHzまでカバーし、SSB(Single Side Band)受信も可能でした。当時としては最高レベルの選択度と感度を持ち、DXerと呼ばれる遠距離受信マニアからも一目置かれる存在でした。

特に思い出深いのは、PLL(Phase Locked Loop)シンセサイザー方式を採用していたことです。一度捉えた放送局の周波数を安定して保持できる技術は、当時の最先端でした。また、メモリー機能で5局をプリセットできるのも便利でした。

日々の儀式

学校から帰ると、まずラジオのスイッチを入れます。宿題をしながらも、常に何かしらの海外放送を聴いていました。英語の勉強にもなるし、世界の動きを肌で感じることができました。冷戦末期、東西の緊張がまだ残る時代。ラジオ・モスクワとVOA(アメリカの声)の論調の違いに、少年なりに世界情勢を感じ取っていました。

特に忘れられないのは、1986年のチェルノブイリ原発事故の際のことです。日本のマスコミが詳しく伝える前に、すでに海外放送では大きなニュースとして取り上げられていました。情報の非対称性というものを、身をもって体験した瞬間でした。

コミュニティとの繋がり

当時はBCLリスナーのコミュニティもありました。地元のラジオショップで開催される集まりに参加したり、BCL専門誌「ラジオの友」や「BCLリスナーズ」で情報交換したりしていました。聞こえた放送局の確認をとるためにベリカード(受信確認カード)を集めることも楽しみの一つ。英語で聴取レポートを書き、海外に送ります。数ヶ月後に届くカラフルなカードに、どれほど胸を躍らせたことでしょうか。

プロシード6800を持っているというだけで、そのコミュニティの中での自分の立ち位置が変わったように感じたのも、今思えば微笑ましい思い出です。

時代の変化

時が過ぎ、インターネットが普及し始めた90年代後半。短波放送の魅力は徐々に薄れていきました。かつては短波でしか聴けなかった海外の放送も、インターネットラジオで簡単にクリアな音質で聴けるようになりました。

プロシード6800も、次第に使う機会が減っていきました。大学、就職、結婚と人生の節目を経る中で、いつしか押し入れの奥にしまわれることになりました。

再会

先日、実家の整理をしていて偶然見つけたプロシード6800。埃を払い、単三電池を入れてみると、驚くことに30年以上経った今でも完璧に動作しました。ソニー製品の耐久性に感心すると同時に、懐かしさで胸がいっぱいになりました。

静かな夜、久しぶりにアンテナを伸ばし、ダイヤルをゆっくりと回してみます。デジタル数字が変わる様子は、まるで時間が逆戻りしたかのような錯覚を覚えさせます。短波帯には相変わらず世界中の放送が飛び交っていました。

ただ、残念ながら多くの国際放送は縮小や終了をしている現実も目の当たりにしました。それでも、ラジオ・ニュージーランドやAll India Radioなど、まだ短波で放送を続けている局の存在に、どこか安心感を覚えました。

時を超える価値

今の若い世代にプロシード6800の魅力を説明するのは難しいです。スマートフォン一つで世界中の情報にアクセスできる時代に、わざわざノイズの多い短波放送を聴く意味を理解してもらえるでしょうか。

しかし、筆者にとってプロシード6800は単なるラジオ受信機以上の存在です。それは青春の象徴であり、世界への好奇心の原点でした。インターネットでは得られない、ダイヤルを回して未知の放送を探し当てる喜び。遠い国からの電波を捉えるというロマン。そして何より、情報が貴重だった時代に、世界と繋がることができた唯一の窓でした。

今後もプロシード6800は、筆者の書斎の特等席に置いておこうと思います。時折スイッチを入れて、過去への旅を楽しむために。そして、デジタルで便利になりすぎた現代に対するアナログなアンチテーゼとして。

技術は進化しても、ラジオ受信の基本は変わりません。電波に乗って届く遠くの声に耳を傾けること。その原点を教えてくれたプロシード6800に、改めて感謝したいです。