学歴厨の功罪を考える
こんにちは、皆さん。今日は日本社会に根強く存在する「学歴厨」という現象について、その功罪を考察してみたいと思います。「学歴厨」とは、学歴を過度に重視し、特に有名大学の卒業生を高く評価する傾向のある人々を指す言葉です。この現象は単なる個人の偏見ではなく、日本社会の構造や価値観と深く結びついています。
学歴厨とは何か
まず「学歴厨」の定義を確認しておきましょう。これは、人の価値を主に出身大学や学歴で判断し、特に東京大学や京都大学などの「旧帝大」や早稲田・慶應などの有名私立大学の卒業生を過度に高く評価する人々を指します。学歴厨の特徴として、会話の中で自然に学歴の話題を出したり、知り合ったばかりの人の出身大学を聞いたりすることがあります。
学歴厨の背景には、日本の教育システムや就職活動における「学歴フィルター」の存在があります。実際、大企業や官公庁などでは、特定の大学からの採用が多い傾向があるのも事実です。
学歴厨の「功」の側面 (この後に罪の面も書いています)
1. 教育への投資意欲の向上
学歴社会は、多くの人々に教育への投資意欲を高める効果があります。「良い大学に入れば良い人生が待っている」という信念は、子どもたちに勉強へのモチベーションを与え、親には教育への投資を促します。これにより、日本全体の教育水準の向上に寄与してきた面は否定できません。
2. 明確な目標設定と達成感
受験というシステムは、若者に明確な目標を設定する機会を提供します。「〇〇大学に合格する」という具体的な目標に向かって努力することで、目標達成のプロセスを学び、達成感を味わうことができます。この経験は、その後の人生においても役立つものです。
3. 一定の能力担保としての機能
学歴は、ある程度の基礎学力や知識、努力の継続性を示す指標として機能することがあります。特に採用初期段階では、応募者を効率的に絞り込む方法として一定の合理性を持つ場合もあるでしょう。
4. 社会的ネットワークの形成
同じ大学出身者同士のネットワーク(同窓会など)は、ビジネスチャンスや情報交換の場として機能することがあります。これは個人にとっても、社会全体にとっても有益なつながりを生み出す可能性があります。
学歴厨の「罪」の側面
1. 多様な才能の見落とし
学歴のみを重視することで、芸術的才能、実践的スキル、社会的知性など、試験では測れない多様な才能が見落とされがちになります。これは個人にとっても社会にとっても大きな損失です。
2. 心理的圧力と自己肯定感の低下
「学歴こそが人生の成功を決める」という価値観は、特に受験に失敗した若者や「名門」でない大学の学生に対して、強い心理的圧力となります。これにより自己肯定感が低下し、本来の能力を発揮できなくなるケースも少なくありません。
3. 偏った教育投資と格差の拡大
学歴厨的価値観は、経済的に余裕のある家庭ほど子どもの教育に投資できるという現実と結びつき、教育格差・社会格差を拡大させる要因となります。塾や予備校費用、受験費用など、高額な教育費を負担できる家庭と、そうでない家庭の間の差は年々拡大傾向にあります。
4. イノベーションの阻害
同質的な思考や価値観を持つ人材ばかりが集まる環境では、革新的なアイデアや異なる視点が生まれにくくなります。学歴偏重社会は、多様性の欠如を通じてイノベーションを阻害する可能性があります。
5. 本質的な学びの軽視
受験のための勉強が主目的となることで、知識の暗記は重視されますが、批判的思考力や創造性、実践的応用力などの育成が二の次になりがちです。これは長期的には社会全体の知的資本の質の低下につながりかねません。
これからの時代に求められる視点
情報技術の発展とグローバル化が進む現代社会では、学歴だけでなく、多様なスキルや経験、柔軟な思考力が重要視されるようになっています。特にAIの発展により、単純な知識の暗記や定型的な思考は機械に取って代わられる可能性が高まっています。
1. 多様な評価基準の確立
大学入試だけでなく、ポートフォリオ評価やプロジェクト型学習、インターンシップなど、多様な形で若者の能力を評価する仕組みの拡充が必要です。
2. リカレント教育の重視
一度の大学受験で人生が決まるという価値観から脱却し、生涯を通じて学び直しができる社会システムの構築が重要です。すでに多くの企業が新卒一括採用から通年採用へと移行し始めています。
3. 「何を学んだか」ではなく「何ができるか」への転換
どの大学を出たかよりも、実際にどのようなスキルを持ち、何を成し遂げることができるのかを重視する風潮を促進することが重要です。
4. 心理的安全性の確保
学歴に関わらず、一人ひとりが自分の強みを活かし、挑戦できる環境づくりが必要です。失敗を恐れず挑戦できる文化の醸成が、個人の成長と社会のイノベーションにつながります。
さいごに
学歴厨の存在は、日本の教育システムや社会構造と深く結びついています。単純に「良い」「悪い」と二元論で語るのではなく、その功罪を理解した上で、より多様で包摂的な社会への変革を目指すべきでしょう。
重要なのは、「学歴が全てではない」という当たり前の事実を社会全体が実感を持って受け入れることです。そして、一人ひとりが自分の強みを生かし、自分らしく生きることができる社会の実現に向けて、私たち自身の価値観を問い直すことではないでしょうか。