「経営者に必要な読書術 – ビジネス書と小説の調和」
近年、経営者の中で「読書家」という肩書きを持つ方が増えています。世界的な経営者であるビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグは、年間50冊以上の本を読破することで知られており、彼らの読書量の多さは、多くのビジネスパーソンの憧れとなっています。日本においても、ソフトバンクの孫正義氏や楽天の三木谷浩史氏など、読書家として知られる経営者は少なくありません。
しかし、経営者の読書傾向を詳しく見てみると、そこには一つの特徴的なパターンが浮かび上がってきます。それは、読書の対象が主にビジネス書、経営書、そして専門書に偏っているという事実です。例えば、経営戦略論、組織論、マーケティング、イノベーション理論、リーダーシップ論などが中心となっています。
確かに、このような実務的な読書は経営者として極めて重要です。ピーター・ドラッカーの『マネジメント』は経営の本質を、クレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』は技術革新時代の経営の在り方を、ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』は優れた企業の特徴を教えてくれます。これらの著作から得られる知見は、日々の経営判断や長期的な戦略立案に直接的な示唆を与えてくれます。
また、業界専門誌や学術論文などの専門書を読むことで、最新の技術動向やマーケットの変化を把握することができます。デジタルトランスформーション（DX）やサステナビリティ（持続可能性）など、現代の経営者が直面する課題に関する理解を深めることは不可欠です。
しかし、ここで一つの重要な問いかけをしたいと思います。経営者は本当にビジネス書や専門書だけを読んでいれば良いのでしょうか？
私の答えは「否」です。経営者こそ、意識的に小説を読む時間を作るべきだと考えています。その理由として、以下の五つを挙げたいと思います。
第一に、小説は人間理解を深めてくれます。村上春樹の『ノルウェイの森』は若者の繊細な感情を、夏目漱石の『こころ』は人間の内面の複雑さを、トルストイの『戦争と平和』は人間の本質的な性質を描き出しています。経営において最も重要なのは「人」です。従業員、顧客、取引先、すべては人と人との関係の上に成り立っています。小説を通じて得られる深い人間理解は、組織運営やビジネスの展開に大きな示唆を与えてくれるはずです。
第二に、創造性を刺激します。ガブリエル・ガルシア・マルケスの『百年の孤独』のような魔術的リアリズムの作品や、カフカの『変身』のような実験的な小説は、私たちの固定観念を打ち破り、新しい発想を生む源泉となります。VUCAの時代と呼ばれる現代において、イノベーションの重要性は増す一方です。そのためには、従来の枠組みにとらわれない柔軟な思考が必要不可欠です。
第三に、言語感覚を磨くことができます。川端康成の繊細な描写や、太宰治の独特の文体に触れることは、プレゼンテーションやコミュニケーションの質を高めることにつながります。経営者には、様々な場面で人々の心を動かす言葉を紡ぎ出す力が求められます。優れた小説は、その最高の教科書となるでしょう。
第四に、ストレス解消と心の潤いをもたらします。アガサ・クリスティーのミステリー小説は知的な娯楽を、宮部みゆきの作品は心温まる人間ドラマを、芥川龍之介の短編小説は鋭い洞察と共に清新な読書体験を提供してくれます。経営者という重責を担う立場だからこそ、このような心の潤いは必要不可欠です。
第五に、長期的な視点と哲学的思考を養うことができます。ヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』や、アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』といった作品は、人生や文明の本質について考えさせてくれます。経営者には、目の前の業績だけでなく、より大きな視点から事業の意義や社会的責任を考える力が求められます。
実際、多くの成功した経営者たちが、小説から大きな影響を受けていると語っています。アマゾンのジェフ・ベゾスは、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』から未来のテクノロジーについてのインスピレーションを得たと言います。アップルの故スティーブ・ジョブズは、禅の思想に影響を受けた作品を好んで読み、そこから得た洞察を製品デザインや企業文化に反映させました。
では、具体的にどのように小説を読書計画に組み込めばよいのでしょうか。私からの提案は、毎月の読書計画に最低でも1-2冊の小説を加えることです。ジャンルは問いません。古典文学でも現代小説でも、ミステリーでもSFでも構いません。大切なのは、普段の実務的な読書とは異なる視点や世界観に触れることです。
また、読書の方法も工夫すると良いでしょう。例えば、早朝の静かな時間に古典を読む、通勤時間にライトノベルを楽しむ、週末にじっくりと長編小説に取り組むなど、ライフスタイルに合わせた読書習慣を確立することをお勧めします。
一見すると、小説を読むことは経営とは無関係に思えるかもしれません。ROIの観点からは、ビジネス書を読む方が効率的だと考える方もいるでしょう。しかし、豊かな感性、深い人間理解、柔軟な創造性、そして確かな言語感覚は、必ずや経営の質を高めることにつながります。
さらに言えば、小説を読むことは、経営者としてだけでなく、一人の人間としての成長にも大きく貢献します。それは、より豊かな人生を送ることにもつながるはずです。
ビジネス書と小説、この両輪があってこそ、真に優れた経営者への道が開かれるのです。経営者の皆さんには、ぜひとも小説との新たな出会いを大切にしていただきたいと思います。それは、きっと予想以上の価値をもたらしてくれることでしょう。