はじめに
イスラエルとパレスチナの対立は、20世紀半ばから現在に至るまで、中東地域における最も複雑な紛争の一つとして続いています。この記事では、第一次中東戦争から現在までの主要な出来事を時系列に沿って見ていきます。
第一次中東戦争(1948-1949年)
1948年5月14日、イスラエルが建国を宣言すると、翌日からエジプト、シリア、ヨルダン、レバノン、イラクの近隣アラブ諸国が攻撃を開始しました。この戦争の結果、イスラエルは国連分割案で定められた領土以上の地域を支配下に置き、約70万人のパレスチナ難民が発生しました。
スエズ危機と第二次中東戦争(1956年)
エジプトのナセル大統領がスエズ運河の国有化を宣言したことをきっかけに、イギリス、フランス、イスラエルがエジプトに軍事介入を行いました。国際社会の圧力により、最終的に三カ国は撤退を余儀なくされました。
第三次中東戦争(六日間戦争、1967年)
イスラエルが予防的先制攻撃を実施し、エジプト、シリア、ヨルダンとの戦争に勝利。ガザ地区、ヨルダン川西岸、ゴラン高原、シナイ半島を占領しました。この戦争は中東の勢力図を大きく変え、現在のパレスチナ問題の重要な転換点となりました。
第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争、1973年)
エジプトとシリアがイスラエルを奇襲攻撃しましたが、イスラエルは反撃に成功。この戦争を機に、中東和平への動きが本格化していきました。
キャンプ・デービッド合意(1978年)
エジプトのサダト大統領とイスラエルのベギン首相が、アメリカのカーター大統領の仲介で和平合意に達しました。これにより、エジプトはアラブ諸国で初めてイスラエルと国交を樹立しました。
第一次インティファーダ(1987-1993年)
パレスチナ住民による大規模な抵抗運動が発生。この時期にハマスが結成され、パレスチナ解放機構(PLO)と並ぶ主要な組織として台頭しました。
オスロ合意(1993年)
イスラエルとPLOが相互承認し、パレスチナ暫定自治が開始されました。しかし、エルサレムの帰属や入植地問題など、核心的な課題は先送りされました。
第二次インティファーダ(2000-2005年)
和平交渉の行き詰まりを背景に、新たな暴力の連鎖が始まりました。イスラエルは分離壁の建設を開始し、パレスチナ側との分断が深まりました。
ガザ撤退とハマスの台頭(2005-2007年)
イスラエルは2005年にガザ地区から一方的に撤退。2006年のパレスチナ自治区選挙でハマスが勝利し、2007年にガザ地区を実効支配下に置きました。
ガザ紛争の繰り返し(2008年以降)
2008年以降、イスラエルとハマスの間で数度にわたる大規模な軍事衝突が発生。2014年、2021年には特に激しい戦闘が行われました。
2023年10月7日以降の状況
2023年10月7日、ハマスによる大規模攻撃が発生し、イスラエルが大規模な軍事作戦で応酬。この衝突により、多数の民間人犠牲者が発生し、地域の人道状況が深刻化しています。
2025年2月2日、イスラエル首相、ガザ停戦第2段階で交渉開始へと動き出しました。
一日も早く人道的、平和的に解決されることを望みます。
この長年の紛争は、領土、難民、安全保障、宗教、アイデンティティなど、複雑に絡み合う要因を含んでいます。和平への道のりは依然として困難を極めていますが、持続可能な解決策を見出すための国際社会の取り組みは続いています。