1997年4月、沖縄の米軍用地特別措置法(いわゆる代理署名法)の改正案が国会を通過した際、当時の野中広務官房長官は次のような言葉を残しました。
「この法律がこれから沖縄県民の上に軍靴で踏みにじるような、そんな結果にならないようことを、そして、私たちのような古い苦しい時代を生きてきた人間は、再び国会の審議が、どうぞ大政翼賛会のような形にならないように若い皆さんにお願いをして、私の報告を終わります」
この発言は単なる政治的パフォーマンスではなく、野中広務という政治家の深い歴史認識と民主主義への敬意が表れています。野中は1925年生まれ、戦前・戦中の軍国主義体制を体験し、戦後の民主主義の価値を身をもって理解していた政治家でした。
歴史的背景
米軍用地特別措置法改正案は、沖縄の米軍基地用地の強制使用を可能にする法律です。この法案は当時、沖縄県民の強い反対にもかかわらず、政府主導で押し切る形で成立しました。野中の発言は、この法律が沖縄県民の意思を「軍靴で踏みにじる」ものになってはならないという強い懸念を示しています。
「大政翼賛会」への言及は特に重要です。大政翼賛会とは、第二次世界大戦中に政府の戦争遂行を支援するために設立された国民組織で、多様な政治的意見を封じ込め、国民を戦争へと動員する役割を果たしました。野中は、国会が様々な意見を封じ込め、ただ政府の意向だけを追認する場になってはならないと警告しているのです。
民主主義の本質
野中の発言から学ぶべきは、民主主義とは単に多数決で決めることではなく、少数者の意見や権利を尊重することの重要性です。特に沖縄のような特殊な歴史的背景を持つ地域の声に耳を傾けることは、真の民主主義の姿勢といえるでしょう。
野中は保守政治家でありながら、しばしば「良識の保守」と評される存在でした。彼の発言は、イデオロギーを超えた民主主義の本質についての警鐘であり、権力を持つ側の自制を求める声でもあります。
現代への示唆
野中の懸念は現代にも通じるものがあります。国会審議の形骸化、少数意見の軽視、そして国家安全保障の名の下に個人の権利が制限される事例は今日も見られます。彼の「大政翼賛会のような形にならないように」という言葉は、民主主義が常に警戒と努力によって守られるべきものであることを思い出させてくれます。
民主主義は完成された制度ではなく、常に進行形のプロセスです。野中のような歴史を知る世代から若い世代への「お願い」は、過去の過ちを繰り返さないための貴重な遺産といえるでしょう。
特に今日のような分断の時代において、異なる意見を持つ人々が対話し、互いの尊厳を認め合う政治文化の重要性は増しています。野中広務の言葉は、25年以上を経た今日においても、私たちに民主主義の本質について深く考えさせる力を持っています。