「天声人語」の変遷 ~40年以上の愛読を通して感じる物足りなさ~

朝日新聞の「天声人語」を1978年から現在まで、実に47年間読み続けてきた。昭和53年、筆者が中学に入学した年から欠かさず目を通してきたこのコラムは、長年筆者の朝の日課であり、知的刺激の源泉でもあった。しかし近年、何か物足りなさを感じるようになった。昭和から平成、そして令和へと時代が移り変わる中で、このコラムもまた変化してきたのだろう。今日は、長年の愛読者としての視点から、その変化について考えてみたい。

昭和期の「天声人語」

1978年当時の「天声人語」を思い返すと、文章の格調の高さに圧倒されたことを覚えている。単に時事問題を取り上げるだけでなく、古典や文学作品からの引用、哲学的考察が自然に織り込まれていた。書き手の教養の深さが伝わってくる文章だった

当時の日本は高度経済成長を経て安定期に入っていたが、石油ショックの影響もあり、社会は大きな転換点にあった。そんな中、「天声人語」は単なる政治批評にとどまらず、日本人の在り方、社会の方向性について深く問いかけていた。時に厳しく、時に優しく、しかし常に読者の内省を促す文章だった。

平成中期の変化

平成に入り、特に中期(2000年代前半)になると、「天声人語」にも変化が見られるようになった。バブル崩壊後の「失われた10年」を経て、社会全体に閉塞感が漂っていた時代。コラムの文体はより平易になり、難解な古典引用は減少した。これは時代の要請でもあっただろう。

しかし、論旨の明確さ、問題提起の鋭さは健在だった。政治の迷走、格差社会の進行、環境問題など、時代の課題に対する分析は冷静かつ的確だった。特に印象に残っているのは、2011年の東日本大震災後の一連のコラム。被災地の現実を伝えながらも、復興への希望を失わない筆致には心を打たれた。

近年感じる物足りなさ

では、なぜ近年「物足りなさ」を感じるようになったのか。長年の愛読者として、いくつかの変化に気づく。

まず、文章の深みが失われつつあるように思う。SNSの発達により情報が氾濫する現代、コラムも「わかりやすさ」を優先するあまり、表層的な分析にとどまることが増えた。昭和期の「天声人語」が持っていた重層的な意味の広がりが薄れている。

次に、視点の多様性の欠如だ。かつては一つの事象を様々な角度から照らし出す柔軟さがあった。しかし近年は、一定の価値観に基づく論調が固定化しているように感じる。これでは読者の思考を刺激するという本来の役割が果たせない。

また、長年続いた連載の宿命かもしれないが、表現の型にはまりやすくなっている。起承転結の「転」の部分で必ず古典や名言を引用するパターンが定型化し、予測可能になった。昭和期には感じられなかった「マンネリズム」だ。

時代の反映としての変化

もっとも、これらの変化は「天声人語」だけの問題ではなく、メディア全体、さらには社会全体の変容を反映している。SNSで即時に情報が拡散し、短い文章で簡潔な意見表明が求められる時代。じっくり考え、言葉を選び抜く「天声人語」型の文章は、時代の流れに逆行しているのかもしれない。

新聞離れが進み、特に若い世代の読者を獲得するためには、わかりやすさを追求せざるを得ない事情も理解できる。しかし、その結果として失われるものも少なくない。

期待を込めて

それでも筆者は毎朝、「天声人語」を読む習慣を続けている。時に物足りなさを感じながらも、日本を代表する知性の発露として、その動向を見守りたいと思う。

かつて「天声人語」は、単なる時事解説ではなく、時代の「羅針盤」としての役割を果たしていた。複雑化する現代社会においてこそ、表層的な分析を超えた深い洞察が必要なはずだ。古き良き「天声人語」の精神が、形を変えながらも継承されることを願っている

47年間の付き合いは、批判的に読むことも含めて、私の人生の一部となっている。これからも「天声人語」との対話を続けながら、自分自身の考えを深めていきたい。

(2025年3月6日記)