どん底で出会った一冊の本、三浦綾子「道ありき」が筆者の人生を大きく変えた話

拒食症から救われた筆者 – 三浦綾子「道ありき」三部作との40年

令和7年、還暦を目前に控えた今、振り返ってみると人生の大きな転機となったのは、20歳の時に出会った三浦綾子さんの「道ありき」だった。59歳になった今、先日転職したばかりの筆者だが、若い頃の苦しみを思い出すと、よくここまで来られたものだと感慨深い。この人生の長い旅路を、三浦綾子文学との出会いを軸に綴ってみたい。

拒食症との闘い

20歳の頃、筆者は重度の拒食症を患っていた。体重は危険なまでに減少し、家族は心配のあまり病院に連れて行こうとしたが、筆者は頑として拒んだ。食べ物を前にすると恐怖に襲われ、一口でも口にしたら自分が消えてしまうような感覚に陥った。

日々の生活は苦痛そのものだった。鏡に映る自分の姿は歪んで見え、「もっと痩せなければ」という強迫観念に取り憑かれていた。学業にも身が入らず、友人関係も徐々に疎遠になり、世界は筆者にとってどんどん狭くなっていった。

両親は筆者の変化に気づき、様々な病院を探してくれたが、当時はまだ摂食障害に対する理解や治療法が十分ではなかった。「気の持ちようだ」「もっと意志が強くなれば」といった周囲の言葉は、かえって筆者を追い詰めるだけだった。

心も体も限界に近づいていたある日、大学の図書館で偶然手に取ったのが三浦綾子さんの「道ありき」だった。この作品は三浦綾子が自身の結核闘病体験を綴った自伝的作品で、筆者は一気に読み終えた。

「道ありき」との出会い

「道ありき」を読み進めるうちに、筆者の心に変化が訪れた。三浦綾子が十代の終わりに結核に倒れ、死の淵をさまよいながらも、キリスト教信仰を通じて生きる希望を見出していく姿に、筆者は深く共鳴した。

特に印象に残っているのは、病床で「人間は何のために生きるのか」という根源的な問いに向き合う場面だ。三浦綾子の苦悩と葛藤、そして信仰に至る道程は、自分自身の内面と向き合う勇気を筆者に与えてくれた。

三浦綾子の文体には不思議な力があった。それは美しい言葉の連なりというだけでなく、人間の魂の奥底に触れる力だった。「信仰とは何か」「生きるとは何か」という問いかけは、当時の筆者には重すぎるほどの問いだったが、それでも少しずつ向き合わずにはいられなかった。

特に「神の前に立つ者は一人だ」という言葉は、筆者の心に深く刻まれた。他者の評価や外見に囚われ、自分を見失っていた筆者にとって、この言葉は自分自身を取り戻すきっかけとなった。

回復への道のり

三浦作品との出会いから、筆者の中で少しずつ変化が起きた。「生きることには意味がある」という確信が芽生え、その意味を自分なりに探してみようという気持ちが湧いてきた。

それは1年間に及ぶ険しい道のりだった。まず、自分が病気であることを認めることから始まった。筆者は勇気を出して専門医のもとを訪れ、カウンセリングと治療を受けることを決意した。食事との向き合い方を少しずつ学び、体重が増えることへの恐怖と日々闘った。

闘病日記をつけ始めたのもこの頃だ。自分の心の動きを素直に記録することで、少しずつ自己理解を深めていった。そして日記の合間に、三浦綾子の言葉を書き写すことが習慣となった。「苦しみの中にこそ神の恵みがある」「人間は弱い存在だからこそ、互いに支え合って生きていける」といった言葉が、筆者の心を支えた。

回復期間中、筆者は三浦綾子のほぼ全作品を読破した。「塩狩峠」「氷点」「銃口」など、どの作品にも人間の弱さと強さ、苦しみと希望が描かれていた。そして「道ありき」には何度も立ち返り、三浦綾子自身の「絶望から希望へ」の道のりを辿ることで、筆者自身も前に進む力を得た。

充実した40年間

大学を卒業後、筆者は医療機関に就職した。文学の力を信じ、人の心に届く医療に携わりたいと思ったからだ。医療機関での仕事は多忙を極めたが、治療に関わる仕事ができる喜びは何物にも代えがたかった。特に患者様のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)に力を入れ、人間の内面に深く切り込む治療に携わることができた。

20代で結婚し、二人の子どもに恵まれた。仕事と家庭の両立は決して楽ではなかったが、困難に直面するたびに「道ありき」の言葉が心の支えとなった。子育ての中では、三浦綾子の描く「無条件の愛」の意味を実感する場面も多かった。

三浦文学が教えてくれたもの

今思えば、三浦綾子さんの「道ありき」が教えてくれたのは、「苦しみを通して人は成長する」という真理だった。拒食症という闇の中にいた筆者に、生きる意味と希望を示してくれた。

「道ありき」の中で三浦綾子自身が結核との闘病生活を通して信仰に出会い、作家としての道を歩み始めるまでの描写は、筆者自身の人生の指針となった。人生には必ず意味があり、たとえ今は見えなくても、必ず道は開けるという信念が、これまでの40年間を支えてきた。

三浦綾子が描く「痛みの共有」という概念も、筆者の人生を大きく変えた。他者の痛みに共感し、その痛みを分かち合うことで、人は真の意味でつながることができる。そして、その中で自分自身の痛みも癒されていく。

三浦綾子作品の魅力は、決して安易な解決や救いを提示しないところにある。人間の弱さや醜さをも直視しながら、それでも希望を見出そうとする姿勢に、筆者は何度も励まされてきた。「道ありき」に描かれる三浦綾子の苦悩と葛藤、そして再生の過程は、読む者に「あなたは一人ではない」と語りかけてくる。

これからの道

還暦を前にして、筆者はまだ新たな挑戦の途上にいる。若い人たちと共に、デジタル時代における「心に響く政治」のあり方を模索している。また、三浦綾子文学の現代的意義を伝える講演活動も、機会があれば続けていきたいと考えている。

令和7年の今、振り返ると感謝の気持ちでいっぱいになる。20歳の自分に、「大丈夫、あなたはこれから素晴らしい人生を歩むことになるよ」と伝えたい。そして三浦綾子さんの「道ありき」に出会えたことに、心から感謝している。

筆者の人生の道のりは、まさに「道ありき」そのものだった。まだ見ぬ道が続いているが、これからも一歩一歩、自分の足で歩んでいきたい。そして、その歩みの中で出会う人々と、三浦綾子が教えてくれた「分かち合いの精神」を実践していきたいと願っている。

人生において本との出会いは、時に人との出会い以上に重要な転機となることがある。一冊の本が人生を変えるというのは、決して大げさな表現ではない。筆者にとっての「道ありき」がそうであったように、誰かの人生を照らす一冊に出会える機会が、より多くの人に訪れることを願ってやまない。